電気ポット購入

Amazonで電気ポット買った。1912円。次の日届く。前に使っていたやつは水の出が悪くて使いづらかったし、これを毎日待つのかと思ったらストレスで。しかし、捨てるのにも400円かかる時代。。。この正月は家電製品の掃除をちょこちょこやってる。トースター、炊飯ジャー、電子レンジ。炊飯ジャーの掃除に関してはドライバーが必要になった。いずれにせよすごく綺麗になった。毎日使うものだからね。ガラスマジックリンも大活躍。

もう少し断捨離したいのは事実なんだけど、なかなか遅々として進まない。持ってきちゃった捨てられてた額縁と絵とか。。。14日に粗大ゴミで捨てます。

某党の党旗開きに行ってくる。選挙への初動が圧倒的に遅れている現実があるように思う。特に、ここ港区は23区の中でも、政治への距離感がすごい。他の区ではもっと手応えがあるのに、この区では全然それがないというような現実が横たわっている。僕自身はもう港区だけで独立しちゃえばと思っているようなところもある。シンガポールみたいに。シンガポールの場合独立ではなく、追放か。

香港の独立派はまだ諦めずに行動している。なんか香港の独立派の主張ってもはや理屈を超えている気がする。“いやいや香港は本土と違うから”と。たしかに顔つき身体つきからして全く違う。今更、そっちに合わせろといっても無理がある。だから、行動してしまうという類のものだ。歴史的に見ると独立ではなく、追放が良いのだろう。“勝手にしやがれ”と。

Jockey Club Innovation Tower(Hong Kong)

ジョッキー クラブ イノベーション タワー(香港)

innovation center

2019年を占うための過去の話

大雑把に自分史を。

1970年に東京で生まれました。本籍地は港区の元麻布になってます。1歳から10歳迄は幼稚園が近所にあったナザレン幼稚園からちょっと学習塾みたいなのも行って、小学校は広尾にある慶応幼稚舎へ。7歳くらいの時に玉堤通りでジョギング中に交通事故に会い入院しています。約1-3ヶ月間くらいだったか。今俗に言われているようなサイケデリックな70年代みたいなものは自分の周りには全くなかった。ケネディが暗殺されたみたいなことも全然関係なく生きてた。やっぱり両親や家に守られていたんだろう。

1980年~1990年は小学校高学年~高校生にかけて。広尾から日吉に学ぶ場が移り、中学生になったときは学力の差にショックを受けたことを覚えています。僕の記憶だとバブルは1984年に爆発した感じ。中学1年か2年位。14歳~15歳。スキー場にスキー合宿に行った時になんか実感した。お年玉の金額もすごかった。勉強はいつの間にかキャッチアップしてたけど、ついていくのが大変でこの頃から悩み始めたのかも。内面と自分の置かれた環境とのギャップに

1990年代は20代。高校生から大学生、大学院生、就職、挫折。再就職、結婚、子供が生まれて、家族の生活まで。今から考えると一体どうなっているんだという密度の10年間。高校2年で理系を選んだのでいつもどこか世間の流れとは違う傍流に軸足を置いてた。

2000年代は30代。いきなり離婚から始まる。そして、さらなる挫折。2003年の3月くらいから11月くらいまでは沖縄で生活していました。しかし、ここからの歩みは20代のジェットコースターに乗るような歩みではないように思う。35で今の会社に来たような気がするから、ここでの仕事は10年以上やっている。

2010年代は40代。今は年間のスケジュールを追っかけながら、年に2回くらい旅行にいくというようなパターンの暮らしで40代は推移している。

この流れの中で今後を考えると。。。あまり、良い未来が思い浮かばない。。。

今までは周囲に守られていただけであって、これからどんどん人間は或いは世界、現実はその本性を僕にむき出しにして迫ってくる中で生きなければならない気がする。見かけや、装飾でなく、生命の本質がその矛盾を剥き出しにして眼の前にたち現れくるとき自分がどうするか。Tennozu

元旦の過ごし方

元旦とは言っても、曜日はあるわけで、毎年違ったものになるんだなと昨日改めて思った。元旦が日曜日の年もあるわけで。なので、その年誰の年になるのか、どういう流れになるのかということも神の配慮の中にあるんだなと。

2013年の元旦はシンガポールにいて、朝はジョギングして、友達に案内してもらって、セントーサ島をうろつき、Fesの残骸を見て回り、もともとはCafe Del Marアジアだった所が店名を変えて営業していた、プール付きのラウンジみたいなところでChillした。最高だった。モノレールには乗らずに歩いて本土の方まで帰ってみた。

2014年は上海を攻めたように思う。元日の朝に磯崎 新の上海ヒマラヤセンターを観に行った。何しろブッ飛んでいて驚いた。Family Martの横のような出店で朝飯を買い、(出張中の日本のサラリーマンみたいな人がいてカッコよかった)スケッチをしたのだが、とにかく寒くて参った。

2015年は香港。確か仲間の家にいたような気がする。あまり、この時のことは記憶は残っているんだけど、どういう順番で、どの日にどういう行動をとっていたか覚えていない。

2017年は北京。うーん。この時も元旦何してたか。夜、イタリア料理食った気がする。これも安くてうまかった。

2018年は東京。初日の出芝浦で見て、実家に行ったような気がする。月曜日だった。

さて、今年はというと大晦日に実家に行って風邪ひいてるといったら、用事もあるみたいだし元旦は来なくていいと言われてしまう。風邪ひいてたので初日の出もパスして欝っぽくなり何とか出かけたんだけど、めんどくさくなって集まりはブッチしてしまった。世界堂に用事があって行ってみたんだけど休み。

寝泊まりしているむつみ荘(労働者用の住宅)は休みの期間風呂がない。ネットで検索してみると銭湯は軒並み休みで、大江戸温泉物語は高いと来てる。いろいろ苦心した結果、大井町に“おふろの王様”があったので電車で行ってくる。ここはちょっと前に選挙で自民党の演説をここの目の前でやっていて、露天風呂に入りながら自民党の演説を聞いた記憶がある。炭酸泉が最高。僕は血流が悪いみたいなので、このお湯に入ると血管が拡がり、血液もサラサラになって体にいいみたい。昨日は走っていないのに体重も66.0Kgだった。

帰ってきて、車で夜は六本木へ。これも良い年明けとなった。

Sumida Hokusai Museum

墨田北斎美術館

The Sumida Hokusai Museum

新年あけましておめでとうございます。

いや、全然誰も見てないようなブログになんか書くの辛い。

宝くじ外れました。当たるつもりだった自分が怖い。敗北。

2018年は年賀状にも書いたんだけど私にとって激動の年でした。フロリダへの旅行がターニングポイントだったように思う。しかし、今年はもう少し、落ち着いて過ごしたい。

昨日も本当は出かけたほうがいいんだろうなと思いつつ、家で過ごした。私のような離婚して独り身の男は遊んで、どんどん人と交わったほうが良いということはわかっているんだけど、自分にとってつまらないから、あまり、出かけなくなってしまっている。いまさら、俺が誘われてもいないDiscoいってどうすんのっておもってしまう自分がいて動けない。まあ恥の感覚でしょう。(皆、年とっても頑張ってるんだけど。。。)

 

風邪がいまいち良くならないことも理由の一つ。風邪に感謝だ。

2019年ある程度予測がつくこともある。選挙、大阪でのG20、私は多分大きな会議2つ。しかし、その内容までは決まっていないし、リスクが膨らんでいる部分もある。僕自身の好みといものはあまり変わらないだろう。先日のBlogにもあげたように。

しかし、絵も同じでうまくいく時と行かない時があるのも不思議だ。失敗することも多い。表現する力はもう少し磨けるだろう。

昨日、実家で年越し蕎麦をご馳走になったんだけど、実家の母が描いたチューリップの絵が素晴らしかった。と自分が思っているということは、また、打ちのめされたということだ。しかし、その母は私の絵に関心を持ってくれているというのはありがたいことだ(多分)。

時々、ジョージア・オキーフと草間 彌生の関係って不思議だなって思うことがある。要は全然違うのだ。絵が。やってることが。しかし、草間 彌生はジョージア・オキーフの家に居候しているところからアメリカでのキャリアが始まった。いま、両者ともすごく盛り上がっている。ジョージア・オキーフは日本ではあまり認知されてないけどアメリカではすごい人気あるみたい今。

Jyonanjima Seaside Park

城南島海浜公園

Jyonanjima Seaside Park

すみません。

 

全然更新できませんでした。すみません。

 

12/28(金)が仕事納めだったのですが、午後から急に寒くなって、悪寒がし熱も37.3℃あったので、都立広尾病院に行ってくる。何かえらいいい先生に診てもらって頓服を出してもらう。今の所、熱は上がっていないので飲んでいません。

この全然更新していなかった間、ホント色んなことがあって、怒涛のように忙しかった。書けないことも多いけど。。。

面白いこともあり、詰まらないこともあり。

DJを3月くらいにやろうかなと思っていて、最近、曲も買っているんだけど、昔みたいにうまくいかない。聴いてるのはこの人の選曲ばかり。

驚く程趣味がいい。Pat Metheny Groupの“Are you Going With Me?”にはびっくりした。この人がいるんだから、わざわざ俺がやらなくてもいいじゃないかとおもってしまう。

Joe Clausselの”Unchained Rhythms”が欲しい。もはや入手困難。ネットでも高値。

しかし、DJも絵も建築家も、、、依頼がないことには始まらない気がする。それこそマネタイズしてる人じゃないと説得力がない気がしてしまうのはなんでだろう。Blogはそうでもない。佐久間裕美子のBlogが無料なのはすごいことだ。

ここ数年カッコつけて正月はアジアをほっつき歩いてた。最後の記憶に残っているのは、北京で食べた皿いっぱいの餃子とたまにはと奮発して食った、牛肉の骨髄の鍋みたいなやつ。上海の路上の屋台で食った皿いっぱいの豚の炒め物みたいなのもうまかったし、広州の朝飯で食ったきし麺の広州ヴァージョンみたいなやつもうまかった。

去年、今年と諦めて東京にいる。チケット高いし。去年は、初日の出芝浦で見て、あとは何してたのかな?覚えてないや。

来年、日本は選挙Yearですな。政治嫌いだけど。

皆様、良い年越しをお過ごし下さい。

 

Shibadaimon(Night)

芝大門(夜景)

Shibadaimon

 

革ジャン修理

高校時代に入手した(もう20年以上前)SchottのRiders Jacketが今、気分なので、袖口のほつれを治しておこうと、車で西東京、東伏見のLeather Reformへ。もう少し、細身にデザインしなおそうかと思ったけどやめてしまった。

昼間、日本人はどこから来たのかという記事をとあるニュースレターで読む。その記事によると、人類の祖先はアフリカの女性から来たもので、日本人は北海道或いは東北あたりからマンモスを追って流れてきた人々が滞留して今のような島国になったのではという説だった。

僕自身は父と母がアメリカニュージャージーの海外赴任から帰ってきた直後1970年に東京で生まれ、祖先は岐阜から明治の時期に東京に出てきたように聞いている。横浜のレンガで一発当てたらしい。沖縄に住んでいた時期もある(たった10ヶ月だけど。豊見城市)

今は、ある意味で東京の中央に滞留しているけど、人の流れからするともう少し、南の方に居ても良いのかもしれない。ただ、僕自身は田舎で暮らせるようなMentalityを持っていない気がする。根は下ろしたいけれど。

あまり書きたくないけれど本当は人間というのは、神から来て、神に帰ってゆくのだと思う。その間、一時的にこの地球に降り立って、車を借りたり、部屋を借りたり、仕事場を借りたり、ミーティング場を借りたりしてる。いずれ、神に帰ってゆく時には車を返したり、部屋を返したり、仕事場を返したりしないと。

今年、亡くなった友達が居るんだけどLineのアカウントそのままになっている。

ってことは彼の状況から考えるに死ぬはずではなかったんだけど、生命を落としてしまったんだろう。

Riders Jacket(Schott N.Y.C)

Schott

渋谷

この間の木曜日、正月明けにDJをすることから、探している曲があって久々に渋谷をうろついた。

車を南平台のパーキングに停め、道玄坂を下り、LOVE Hotel街を抜けながら、Disk Unionを目指す。ああ、ここにClub AsiaがあるなとかGLADっていう系列の店でDJしたなとか、Wombはこの先だったかなとか、Oiranってここにあるのかなどと興味深く歩く。なんかLOve Hotel街の中にClubが林立しているような。Love Hotel街を抜けて某レコード屋へ。

何か店員の人に、厳しく指摘され、買えずに2階の100円のコーナーで最新音楽療法 睡眠障害改善ベスト “Detours”Sheryl Crow “Selmasongs”bjorkを買って退散してくる。

麗郷のある通りを抜けると、何か出会いカフェみたいなのが大々的に宣伝していて、ここは地獄だなと思った。

VISIONの並びにある王将で餃子定食食って、Sheryl Crow聴きながらヘトヘトになって帰宅。

よっぽど探しているもの以外は、音楽はNetで買おっと。

Orlando,Florida(Day)orlando,Florida(Day)

Me too#にまつわって

定期的に読んでいるBlogの作者がカバノー氏が最高裁の判事に就任したことの意味の大きさを語っていて、多少興味深く読んでいる。

詳しくはこちらから。

https://www.sakumag.com/

僕も1970年に東京で生まれて、私立の学校に通い、多少、女性とも関わりのある青春時代を過ごしてきて、離婚して今に至る経緯の中で、なんとなくは問題が想像できるし、自分に問題がないかと言ったら必ずしもそうではなくて、槍玉に上げられないで、、女性と関わりがなくとも味方でいてくれれば良いなと思って生きている。

しかし、著者のブログにもあるように女性の中にも色々な人がいて、中にはものすごい頭の固い保守みたいな人がいるらしいので事態は複雑だ。

しかし、リベラルで尚且つ楽観的なアメリカ人が、“終わった”と口にしていることは事態は相当深刻なのだろうと受け止めざるを得ない。

日本に居ると、北朝鮮問題が進展したりすることで、何かうまくいっているのだろうと思ってしまうが、所謂、みんなが思っていることと全然違うことがまかり通ってしまう状況が改善ざれていないことの方に感心が向くのは当たり前のことだろう。

全然話が飛ぶが、昨日は体育の日で有明のUnder Armourに行ってスニーカーを買った。ずいぶん前に母に買ってもらったNew Balanceで走っていたのだが右の足首が痛くなり、旅行から帰ってきてから捨てて、ちょっと右の足首の様子を見ていた。Under Armourの人に聞いたら、やはり足首の痛みは靴の問題とのこと。それに見合ったやつを選んでもらい、殆ど何も考えずに購入。

帰ってきて、履いて走ってみたら、走れる!痛みが全然ない!

今までの痛みが取れるということは無かったけど、さらに痛むということは全然なくて驚く。靴でここまで違うのかと思った。別にNew Balanceが悪いのではなくて、たしか10年位履いていたので、クッションがダメになってしまっていたのだろう。

音楽を聴くとき殆どがどうでも良い曲でほんの僅かだけいい曲があると言っている人がいたけど、僕が体育会にいた時も同じように思っていた。殆どが下らないことだったけれどごく僅か、ましな人がいるというような。

そのごく僅かな人々でいられるように自分の生き方を大切にしないとなと思う。

Odaiba Plage(Sunset)

Odaiba Plage(Sunset)

港湾労働

何故か、東京Big Sightに来てる。朝から、ひたすらPC仕事。最初は、軽いつもりだったんだけど、偉い肉体労働的な作業なんだなと思い、やってられなくなって、この間おふくろと話していて、こっちで絵を描こうと思っていた、Orlandoの夜景の写真をBusiness Centerみたいなところで、Print Outする。そのCenterみたいなところで一人で働いていた、アジアの若い人や、来ているリュックサックを背負った、Nomad Workerみたいな人たちがたくさんいて、まるで自分のようだと少し興奮する。

ここは昔、コンベンションを提案したことがあって、開催されることとなった思い出の地。しかし、その絵も自分の意思で描いたわけではなかった。

ここで仕事しているとやはり何だか新しい時代は来ているのだなあと思う。そのPCの出力センターみたいなところに祈祷室(Prayer Room)まであった。流石に使わなかったけど。しかし、そう言う人も出てくるのだろうと思う。

Orlando,Florida(Night)

Orlando,Florida(Night)

 

 

Journey to Orlando

8/29の水曜日から9/3の月曜日まで、アメリカはフロリダ州、オーランドに行ってきた。書けないこともあるんだけど、書ける範囲でブログを。

朝、フライトの約40分前に遅れてAmerican Airlineのチェックインカウンターに行くと、Estaで申請したパスポート番号が古いパスポートのものだったため、Estaを申請し直さなければならず、予約した飛行機に乗れず便を変え、11万円余分にかかってしまった。皆さんもこれは注意しましょう。

夕方の便でシカゴを経由し夜の10時にオーランド着。空港で初めて人に迎えに来てもらう。はっきり言ってとても快適。

スーパーマーケットWalmartに行って夕食の買い出し。T-shirtsなんと2ドル、サンダル10ドル。帰ってきて、サンダル履いているし、歯ブラシも使っているが、日常製品が割としっかりと作られていることに、実はアメリカの豊かさを実感し、驚いている。

宿はその人が取ってくれたMariotto のSuite。こんな良い宿泊まるの、沖縄、1回目の北京、上海、この間の名古屋以来だ。

朝、ジョギングして、目的地を発見。その後、木、金、土のことはここではかけないのが情けないけど。朝早起きして、プール行って、ウロウロして、夜飯はホテルでWalmartのサンドウィッチ食って寝るといった生活。帰ってきて、悔しいから今、American AirlineのAdvantage Programに入ったら、なんとなく上手いことマイルが溜まっているような。しかし、このマイル上手に使えるだろうか。。。

いや、ぶっちゃけ素晴らしい旅行だった。ありえない体験したように思っている。

今日、帰ってきてSoftbankに行くも、アメリカ放題とかいうサービスがあって、電話代は殆どストレスフリー。中国の時は大変な思いしたので、この間の北京は空港でWifi借りて何とか抑えたのに、全然違う。これにも驚く。

オーランドはハワイとも違うアメリカのリゾート地。あんなところ初めて行った。老後、あんなところで過ごせれば最高なのだろう。しかし、時差のすごさにもびっくりした。帰ってきてやはり今日くらいまでなんとなく疲れがたまっていて、一日寝てしまった。

Shibaura Canal(Night)

Shibaura,Canal(Night)