気づかないところで助けられてる気がする

 急に暑くなってきた東京ですが皆さんいかがお過ごしですか。戦争による暗いニュースもあるのですが。

 渋谷にバロウズの映画観てきました。

パンフも買いました。案の定すいていたけど、いつも思うのはバロウズ見に来る人って真面目。

『クィア』も買ったのですが、描写が生々しすぎて読んでられない。

 絵は頑張って描いてます。下記の絵はちょうどPaul CezanneのThe Large Trees at the Jas de Bouffanと同じサイズ73×59cmのF20のキャンバスを持っていたので、それに描きました。もはやCezanneの追っかけみたいになっている。セザンヌはキャンバス縦に使っていたけど。

 仕事は朝起きて、港湾の仕事に行き、月、火、水は夜ミーティングして、木曜日に赤旗配達して、土曜日絵を描くような暮らし。月に1回づつ歯医者と内科に行っている。

 冒頭にも書いたように観念的には辛い日々を送っている。復活祭直後にフランシスコ教皇が亡くなったことも辛い。例年四旬節に絵の展示を行っていたので、私的にはこれまでは種や仕掛けがあったんだけど、復活の主日の翌日に教皇が亡くなったことでもう私の犠牲的精神の文学性は、明らかになってしまった気がする。これ以上ないだろという。打つ手がもうないのだ。秘密もない。

 だから、今まで鑑賞者だと思っていた人、自分の方が先を行っていると思っていた人たちに助けてもらうしかないという情けない状態に陥ってしまっていて、そのことは本当は隠蔽しないといけないんだけど、隠蔽する能力がない。努力が足りないだけか。

下の絵には、もう少し、来年の展示までに手を入れてゆこうと思う。

Trees of Shaochuantou Park/哨船頭公園の木々

東京で心がすり減るとき、歩いた道の記録|2025年GW記

 連休最終日、出かけたいんだけどお金にとらわれて出かけられないような連休を過ごしています。何とかして街に勝ちたいみたいな所が生き辛さを増しているような。

 金曜日5月2日から休みで、この日は一日あえて何もしないで過ごしてみました。

 土曜日5月3日憲法記念日は朝、絵描いておにぎり持って有明防災公園憲法集会へ。本当は池袋の共産党の演説会に行って銭湯に行こうかと思っていたんだけど、色々考えて決断し、例年通りの近所の憲法集会へ。3万8千人の人が集まっていました。公園でChillが大メジャーアーティストに成長していた。。。パレードはイグナチオ教会の皆さんを発見し、合流させてもらい台場まで歩いた。去年も歩いたんだけど、このエリアでこういう大きな活動ここくらいしかないので貴重。

 実家に晩飯へ。揉めてしまう。実家の人たちと飯食うのはもうやめようかと思っている。そのほかのことで付き合っていきます。

 銭湯、ふれあいの湯。自分にとってはすごい大変なことがあったんだけど、ここでは書けない。

 深夜に起きてZoom Webinar。これまた、自分にとっては大変なことがあったんだけど。

日曜日5月4日。適当に起きて千葉五井のカトリック教会に向かったのだが、高速、大渋滞。結局遅刻してしまう。陸の孤島のようなところに、何やらすごい熱気みたいなものがあった。。。夜、Zoomでミーティング。

 月曜日5月5日、朝から起きて土曜日から描いている絵に手を入れる。銭湯 ふれあいの湯、お台場、台場図書館ソールライターとフランシスベーコンの晩年のインタビュー借りました。台場区民センターで絵の二人展を見る。女性、抽象画。

 火曜日5月6日 今日。老眼鏡が壊れたので竹下通りのダイソーと青山ブックセンター行って老眼鏡買ってくる。明日から仕事なので。

A Beret On the Wall

 

 昔とは街との付き合い方が変わってしまっている。傘をさしてgoro’sに並ぶ大行列が全然ファッショナブルではなく感じる自分は、いま、一体どういうところにいるんだろう。

 やっぱり、何もかもが変わってしまった。そして、私は面白くないと思っている。東京の街を歩きながら厭世観に陥っている。しかし、頼んだらすぐ、岩波の文庫のエミリィ・ディキンソンの詩集をもってきてくれた青山ブックセンターの店員さんは立派だと思った。自分で書棚2回見ても見つからなかったのに。

 そして、自分が一番間違っているなと思うのはいつも、焦って、急いでいることだ。ソールライターは大発展してゆくニューヨークに居ながら、どうやって急がない自分の視座を作ったんだろう。女が支えてたな。センス抜群なんだけど、そのセンス抜群なところも面白くない。。。フランシスベーコンは、決してセンス抜群というわけではない。ただ、恥ずかしくないんだよなフランシスベーコンのセンスって。

 狂騒の20年代をどのように生きるのか!?歴史を良く調べれば参考になるような賢人はいるような気がする。

Holly Rosary Minor Basilica-Cathedral,Kaohsiung

人間が誰一人として異邦人とみなされない都市を

 復活祭の直後の月曜日に教皇が亡くなった。ご冥福をお祈りいたします。東京ドームのミサ今も思い出です。引っ張り出してきて、”使徒的勧告 福音の喜び”読んでます。

 一言だけ引用を。

 ”世界がアーティストを必要としていることはあらゆる年齢層の人々が藝術祭のようなイベントや、美術施設を訪れていることが証明しています。親愛なるアーティストの皆さん、どうか地図にまだ存在しない都市を想像してください。人間が誰一人として異邦人とみなされない都市を”(教皇フランシスコ)

 これだけでコンセプトとなるような言葉を残されて亡くなってしまった。これは教皇、神の言葉なのだが、一方でアーティストの心理を表す言葉にも触れたこれが矛盾していて困っている。

ロバート・フロスト詩集 西に流れる川 P.117 注解

 ここに描き出された海や波や雲などの原初的イメージは、来るべく混沌と闇の世界を暗示するメタファーであるばかりでなく、詩人内部の不安と恐怖の心象風景を支配するものであり、さらには自然界と人間社会との対立を浄化することによって新たな秩序と生命を再生する、創造的破壊者の象徴とさえいえるものなのかもしれません。「暗い意図を秘めた一夜」とは、単に外的な自然の暴力や神の悪意に対する詩人の批判的態度から生まれてきた表現というだけではなく、むしろ天地創造以来人間が犯してきた様々な罪に対する詩人自身の内部に潜む宗教的危機意識の断面図とみるべきものなのでしょう。また、この作品の自然描写の背後には、明らかに神の前で葛藤を繰り拡げる人間の姿が暗示されていることがわかります。しかもマシュー・アーノルドの厭世的、世紀末的宗教観を偲ばせるかのような前半部の不吉なイメージも、終極的には後半終結部にみられる「創世記」の一種のパロディ化によって、抑制された詩人の感情のなかで見事に反ロマンティシズム的なものへと昇華していることがわかります。つまり、ここで詩人が描こうとしている風景は、ひとつの自然の象徴的な姿を通して、人間の内に潜む暴力性、排他的自意識、およびそうしたものに厳しい鉄槌を下そうとするより大きな自然=神の力に対する終末的危機感や罪悪感といった人間固有の抽象的感情を、より客観的な視座に立って視覚映像化した、預言者フロスト内部の宗教的世界の写し絵のようなものかもしれません。

 この文章は「かつて太平洋の沿岸で」というロバート・フロストの詩の訳者藤本 雅樹氏による注解なのでまあ難しいことが書いてあるのだが、私の解釈は排他的自意識が詩作に向かわせている面がある気がするということだ。わたしにもそういう面は認めざるを得ないんだけど、目指しているのは人間が誰一人として異邦人とみなされない都市なので、私の心理的作業としては自分の排他的自意識を破壊することに他ならない。。。

 死ねって言っているのかって飛躍してしまうが、創作ってそういうところがある。この二つの極を往復するような行為が藝術創作なのだろう。

Still Life(Campbell’s & Candies)

IphoneをSEの第3世代から16eに変えました。ソフトバンク浜松町店の皆さんありがとうございました。

麻布教会でチケットをもらって上野の国立西洋美術館で開催されている『西洋絵画、どこから見るか?ールネサンスから印象派まで』を観てきました。チケットをもらったので図録を買ってくる。前回もらったプロヴァンスの風景もそうすればよかった。すみません。

 内容はサンディエゴ美術館と国立西洋美術館の所蔵作品を対にして、西洋絵画の歴史を読み解いていくような内容だったんだけど個人的に一番びっくりしたのはシモン・ヴーエという作家の”アレクサンドリアの聖カタリナ”(1627)という作品から、”トロイアから逃れるアエネアスとその父”(1635)という作品にいたる変化だった。前者はローマで描いたもので当時全盛だったカラヴァッジョのスタイルが色濃く残っているのだが、後者はパリで描いたものでその影響を逃れて画面が明るくなっているのだ。アートが宗教を主題にしていた時代の終わりを告げる象徴的な二つの作品対比で見れたことは良かった。キュレーションの勝利だと思います。

追伸:因みに労使はまだ妥結していないままGolden Weekに突入し水曜日迄休みです。この場合、このアトリエ日誌のなかでは私は個人事業主の立場になるのだが、一人だけど足を労の方に比重を置いて生きてゆきたい。

Fasting

3月の初旬から思うところあって断食していた(スープ、飴、甘い飲み物などは摂取していた)。思うところというのは、教皇フランシスコが入院していたり、戦争がずっと継続していたりしたことだ。物価高もある。生活費の殆どが食費だったことも何となくわかった。食に関する広告や、SNSなども凄く多いことが分かった。実際、自分が食べているものってそことは乖離ある。

 今日から復食してゆこうかなと思ってお粥を朝食べた。

 体重はかなり減った。良かったことはとにかく頭が冴えていたことだ。判断力が上がるし、決断力も上がる。食べるという行為が選択肢の中から除外されるから、行動がより制限され、選択肢が減るから、判断する労力や迷いが減る。

 良くなかったことは口内炎、背中の首の下あたりに吹き出物みたいなのが集中したこと。気力は落ちる。部屋の掃除をしようとか、プールで泳ごうとか、ジョギングしようとかそういうやる気は無くなる。無駄な体力を使うのをやめようとする。(良いことかもしれない)

 今の時期にやれたことは良かったと思う。これが夏場だったり冬だったり、ただ減量のためとかだったらこんな長期間できなかったと思う。つまり、死ぬために断食したのではなくて、私の場合一応、生きるために断食したのだ。

 

 

Dawn,Honolulu

学術会議の法人化が大詰めです。学問の自由、自立性を守らないと。署名のご協力お願いします。

A Strike ストライキ

 4/20まで台場区民センターにて、絵画展 「素直な気持ち 3」開催させていただいております。皆様、もし時間があり、心に絵を見る余裕があったら足を運んでみてください。私をご存じの方はご連絡いただければ、時間の調整がつけばお供します。

 明日3/30の朝から3/31の8:00まで港湾はストライキです。共産党港地区に行ってこのことを話したら、奴隷解放ねって言われた。全くその通り。

 教皇フランシスコは退院した。一時はやはり生命も危うく(先月末)医療チームは治療をやめようかと思っていた時もあったらしい。

 今度の日曜日は慈しみの特別聖年のため、麻布教会でゆるしの秘跡を受ける予定。

 しかし、ストライキとゆるしの秘跡が同時に重なるということは人として自分に何か示されているように思う。本当はこれを書くのにもうんざりするほど何もしたくない。原因は世界情勢にあると思う。

 ネタニヤフ、イスラエル、プーチン、トランプ、学術会議。。。この世界で義を通そうとすることなんて馬鹿げているというようなことばかりだ。

 

Still Life(Untitled)

怠け者になりなさい!?

 四旬節に入り、教皇が入院中のまま暗澹と過ごしている皆さんこんにちは。

 ろくなことのない今日この頃ですが、ろくなことがないと現実を正しく認識できるので、それはそれでよい面もあるのかもしれない。水木しげるは娘に手塚先生の漫画には夢があるが、父ちゃんの漫画には夢がないと言われ、俺は現実を描いてんだと仰ったそうだが。果たして私の絵はどうなのだろう。人生で苦しかった時、本屋でバイトしていて、水木しげるの何か色紙付きの本に出会い、甚く救われたことがある。その色紙には、鬼太郎の親父が茶碗の湯舟に入りながらこう書いてあった。

「怠け者になりなさい」

 当時、鬱で診療に掛かっていて医者に定型的に休みなさいと言われていて、彼らは何か本当に言っていないよなあとぼんやり思っていたんだけど、水木しげるに言われたときは、何か、甚く心に響いた。

 ラバウルでのこと、奥さんのことなど何も知らなかったんだけど、今でもやはり水木しげるのことを思うと心が柔らかくなる。

 ああいう日本の大人ってそこそこいるんだけど、典型的なのが彼のような気がする。渡辺 恒雄も近いかも。皆、無くなってしまって困る。残された我々はどうすれば良いんだろう?

NIKE ZOOM BLAZER

近況

 今、人も巻き込んで頭を悩ませているのがこのニュースです。素粒子や量子の話、当然、宇宙や相対性理論の話なんかはさっぱり分からないのだが、身の回りにその教養を持つ人もいて、自分も化学製品を扱う労働現場で働いているので、分からないまでも肉迫してみようということです。

 このニュートリノがシシリア島沖とプロヴァンス沖の地中海海底の深海で見つかったそうで過去最高のエネルギーを検出したらしく(2023年の発見)(プロヴァンスと言えばセザンヌがパリから引きこもったところ)、私も急いでNikeのBlazerを購入し、静物画を描いてみようかなと思っている。

 というのも事態がかなり二転三転しているからだ。詳しいことはこちらのニュースから。

 私の立場からすると、いくら軍事力で優っていたとはいえ国連憲章を違反して攻撃を始めた国が戦勝国となるという現実を、まあ受け入れることはできない。それはリンゴが1つしかないのに、2つあると言えと言われているような話だ。まあ、そういうことを受け入れて生きてきたのだが、今は、自立しているので誰にも気兼ねなく言える。いま、東京に生きていればデモもあるし。この間も新宿で行われたパレスチナ解放のデモに行ってきた。

 私の文章を読んで辻褄が合わないと思っている人がいるかもしれないが、要は科学というものは客観的な事実なのだ。プロヴァンス沖の地中海深海でKM3NeTという検出器が約220ペタ電子ボルトのエネルギーを持つニュートリノを検出し、それはこれまで観測されたニュートリノの約30倍のエネルギーに相当するということだ。

 政治的には劣勢の中にいるので、私は個人的に、このエネルギーの話を探求してみようと思っている。セザンヌが孤独に、絵画を通じて探求したように。俺にもあれくらいのベースとなる技量があればなあと思うが、今あるスキルでともかくやってみるしかない。もちろん、絵画が科学に準拠する必要はないのだけれど、私は今のところほぼ無名なので自然科学を暗喩した作品を制作することで自らの人生を切り開くのはロバート・フロスト(この間麻布教会の先輩に教わりました)に倣うものと思いたい。

 

Crenshaw Imperial Plaza,LA

Taiwan Trip(Straight to Bottom)

正月に台湾に行ってきたので、その記録です。

12月28日(土)

 旅行用に文庫本を買っておこうかと思い表参道の青山ブックセンターへ。

・台湾はおばちゃんで回ってる!? 近藤 弥生子(だいわ文庫)

・この国のかたち(一)司馬 遼太郎(文春文庫)

・知の考古学 ミシェル・フーコー 慎改 康之訳(河出文庫)

上の2冊は読了。台湾の本は考え方としては非常に役立ったが、現地ガイドとしては、、、。殆ど高雄で過ごし、筆者は台北在住なので。

司馬 遼太郎は、、、。今現在の自分は諸葛亮孔明のようなアクロバットなことしているような気がするので、司馬遷は敵!?のようなクールな知性。中国と日本の民族性の話とか、台湾を旅していても本当にその通りだなと思った。

問題は、ミシェル・フーコー。買うときは俺こんな気狂いみたいな生活してるのに、こんな本買ってわかるはずないよなと思っていて、実際まだ読んでいる途中なのだが、なぜだか読んでいてわかるのである。理解できるできたというのではないのだが、文章を読んでいてわかるのである。私は、大学は機械学科で、大学一年の時授業に出ていて内容がさっぱり分からないのに問題を提出されると解けるということがあったことがあり、あの経験に似ている。ちなみに授業の内容が全く分からないのに問題が解けるという経験は、当時は分からなかったけど、いまはわかるそれが苦しいものだと。

 フライトは成田の第一ターミナルから。すごい安普請の施設でびっくり。貧しいアジア人はこの程度で移動しなさいよという感じで何か、昔のように海外へ移動することにまつわる高級感みたいなものが失われたようで何か少し寂しい。これが21世紀の現実なのだろう。Immigrationで夜の1:20頃に30分くらい出国手続きで並ばされいらいらしてしまう。宿に泊まってもすぐ朝チェックアウトするのに高い金払うのかよというのもあった。

 空港からでて夜の2:00頃なのにUberが即つかまり、30分でホテルまで送ってくれる。何かUberは最初の使用ということで料金高かったけど。

12月29日(日)

 朝起きて、荷物まとめてホテルチェックアウトしてUber呼んで、天主堂聖家堂へ15分で着いた。すごい人が沢山いて、海外からの人も沢山いた。日本、シンガポールあと忘れてしまった。確かにおばちゃんが沢山いて凄い頑張っていた。私も面倒見てもらったような。2時間もミサに与り、へとへとになって終わって腹減ったので八方雲のラーメン。目の前に大安森林公園というバカでかい公園があり、私としては去年の正月に行った水元公園に似てるなと思いここでスケッチ取っといた方がまあいいよなと思い、散歩してみるかと思い歩き出したら、台湾リスが物凄い沢山いてまるでリスがミーティングしているようなスポットがあったので、ここだと思ってベンチに腰掛けスケッチを取る。現地でのスケッチが重要だと最近思っているので新しくF2のスケッチブックとHolbeinの色鉛筆とSteadlerの水に溶ける色鉛筆を購入しておいたので早速試してみる。歩いている人に褒められた。

スケッチを終えて、セブンイレブンのドーナツと珈琲で休憩した後、新幹線で高雄へ。台北の駅にいるときに母から正月の集まりには来れるのかとラインが来たのだが台湾にいるので行けないとスケッチを添えて返信する。新幹線は正直すごい早くて快適だった。さらに地下鉄を乗り継いで宿へ。着いたときは正直へとへとで、安かったので1月2日の宿泊もこの時取ってしまう。これが失敗だった。

晩飯は六合夜市へ。カラスミを頼まれていたので購入。芝浦のピーコックでは小さいのが良い値段してたのにすごいでかいのが売ってたのでこれだと思って購入。毎回お土産はちょっと気が重いので買えて一安心。米扮のラーメン不味くてびっくり。宿は正直安くて、広くて快適。

12月30日(月)

朝起きて走る。午前中Zoomでミーティング計4時間。たしかこの日隣の高雄銀行の2階で円を台湾元に両替。レートは良かった気がする。部屋が寒かったので変えてもらったのだが、問題は解決しなかったので、前の部屋の方が広かったのでそっちに戻してもらう。終わってホテルの周辺を遠方まで散歩。夜、だったか遅めの昼飯だったか六合夜市の前の店で小籠包、豆乳(砂糖入り)滅茶苦茶うまかった。

12月31日(火)

朝起きて走る。Kaohsiung Fine Art Museumへ。正直さっぱりわからなかった。夜、高雄のロザリオ聖堂スケッチを取りに行く。うまくは行ったのだが、道端で気狂いのようにスケッチしてたのでアメリカ人らしき女性にすごい目で見られてしまう。

夜、Zoomでミーティング。カウントダウンなどもやっていたようだったのだが早く寝る。ライトレールとかいうゆりかもめの地上版みたいなやつに乗りまくっている。

1月1日(水)

朝起きて走る。Shaochuantou Parkでスケッチ。ここは港湾に面した公園でここの古倉庫を利用して何かアートを中心にした町おこしみたいなことやっていた。興味深い。ここにもリスが居たので、そのリスがいたあたりの木々をスケッチ。

ミサへ。絵の話を少ししてくる。困らせてしまったような。。。

ネットなどにも出ていた港園牛肉麺へ。すごい旨かった。近かったので動物園へでもへとへとだった。昨日のロザリオ聖堂のスケッチが明らかに昼間、高雄市立美術館でみたChen Shensonさんの抽象画に色遣いが影響されていたので、慌ててパンフレットだけもらいに行ってくる。

1月2日(木)

雨。朝起きて新幹線乗って台中へ。一路台中国家歌劇院へ。Uberも乗った。いやはやすごかったがオープンは11:30ということだったのでスケッチ1枚雨の中取って、またしてもUberのって近隣の台湾国立美術館へ。無料だった。若い人たちの現代美術のような展示。キャンバスに絵具塗ってる俺は時代遅れなのか。

帰りは歩けることに気づいて歩いて電車の駅まで。新幹線のって高雄に戻る。頼まれていたお土産もスーパーのようなところで買えた。

1月3日(金)

朝走って、最終日ということで朝飯。牡蠣のお粥、鴨のスープ(間違えて頼んでしまったのだが)超絶旨い。ホテルチェックアウトして11:00に空港、しかし、何かおかしい。聞いてみると飛行機はPM2:20ではなくAM2:20の飛行機だった模様。

「もう行っちゃったよ」

と空港の人に言われて ガーン

焦ってその日の飛行機を取り直す台湾元は残っていたのだがまあ5万円の出費。自分の馬鹿さ加減に頭にくるというより驚いてしまう。

本当に今冷静になって考えてみると、高雄で1月2日の宿を取っているところで勘違いが始まっていたように思う。一番ローコストな過ごし方は1月2日は日中動いて空港に夜ついてそのまま徹夜してしまえば良かったのか。今となってはもう遅いが。

全体を通して思い返すと、私にとっては高雄という街は正直、大発見だった。台北が東京で、高雄が名古屋くらいかなと思っていたがそんなもんではなかった気がする。まるで今自分が暮らしている港区の海岸をもっとスピリチュアルにアップデートするとこうなるというような街で、次行くときは台北、台中は飛ばして高雄直行直帰で良いなと思った。インフレの波も襲ってきていない気がした。

確かに香港、上海、北京、広州といった街とはまた違い、シンガポールとも違う。もちろん日本の各都市とも違う魅力があると思う。またすぐ1泊くらいで行って来いよというような国のような。。。

National Taichung Theater

Nothing has been solved

 この間、赤旗で武田砂鉄がまだ、何も解決してないと言っていたんだけど、厳しい見方だけど、ほんとそうだよなとも思う。

 森友、加計だってその後何も聞かなくなってしまったまま、安倍昭惠とトランプが会談し、ソフトバンクが巨額の投資をした後に、1月に石破との会談?

 裏金が問題になっていた萩生田の所に選挙資金を投入して、萩生田を勝たせ、裏金の話はどこへ行ったやらで萩生田は国会議員をやっている。

 トランプにしても余罪を抱えたままの大統領だ。アメリカは嘘つきと信頼関係を築けない人間は能力が無いのだと言っているような気がする。

 そういう私もひどい絵を描いているが。

 住み込みで働いているので本当は夜逃げしたいよというのがもしかしたら正直なところなのだが、ここで踏ん張ってる(なんのために!?)

 今年の正月は台湾で過ごすつもりで、何とか年賀状も書き終えて、部屋の掃除も少しした。

 解決に向かって行動してないから、解決しないような気もするんだけど、皆さんにしてみたら(自分としても)ただ、台湾に旅行に行くなんて良いご身分だと思われるかもしれないけど、私の大きな人生のストーリーとしては台湾に行くことは解決に向けた行動なのだ。

 何故かというと、今の職場にきたときに最初に行ったのがBenQ(Qisda)の修理工場の現場なのだ。つまり、私の窮地を救ってくれたのは台湾ということで自分としては台湾に恩義があったのだ。ただ、旅行に行くだけなんだけど、何か恩返しをしないことには私の今の窮地は解決できないということになる。。。

Powell St,Sanfrancisco

状況の変化が速すぎて追いつかない

 そうこう言っている間に、韓国では弾劾が成立して大統領が辞職してしまった。また、沖縄では米兵の少女暴行事件に有罪判決が。

 こんな大変なことが起こっているのに、日本の主要メディア、ネットニュースはほとんど報道しないし、私もそのことについて話せる人もいない。

 絵も一応描いていますが、(サンフランシスコの坂道)まだ未完なので。

 リンクも張りたいのですが今のところ殆どまだ、誰も触れていないので、貼るに貼れません。

 私の見解や意見をここで示しておきたいのですが。

 来年2025年はカトリックで聖年にあたり、ローマの4つの大聖堂(聖ペトロ大聖堂、城壁外の聖パウロ大聖堂、ラテラン大聖堂、聖マリア大聖堂)にある『聖なる扉』が開かれます。多くの巡礼者がここを訪れます。

 私も1.ゆるしの秘跡、2.聖体拝領3.フランシスコ教皇の意向のための祈りを通じて免償をうけ、罪の贖いに与りたいと思っています。

 また1月5日にはカトリック教会の神父で恩人の命日で、カテドラルに眠っているので墓参に行きたいと思っています。

 私は教会で少し旧約聖書の勉強会に出たことがあるのですが挫折してしまい、旧約聖書はほとんど理解していないというどうしようもない人間なので、昨今の戦争に関してもなかなか声を上げづらい状況にあります。

 日本に暮らす身としては21世紀が、20世紀のようにならないように何とか頑張っていきたいです。