デモクラシー

「終わりなき戦争という米国外交を変える」。そんな主張を掲げるシンクタンクが米国で設立予定です。「責任ある政治のためのクインシー研究所」と題し、ウェブサイトを立ち上げました。

7/12の赤旗新聞からです。

今、選挙の真っ最中なのですが、中々、日本の民主主義のために自分がどう立ち回れば良いのか分からなくなって、これを書いています。参議院は米国で言うと下院に当たるのか。なんとなく衆議院選挙よりもハイソな人たちの出来レースみたいに感じてしまっていて、やる気が起きない。

階級社会の欺瞞みたいなものを感じてしまって。

僕ももう少し若かったり、自分自身の問題が片付いていたら、坂本龍馬みたいに時代に自分を投げ打てたかもしれないんだけど、結局、そういうことからはずっと逃げ続けたまま今に至るような気もする。理系だし、カトリックだし、Etc。

しかし、政治というものは怖い。一人で多くの人を相手に、自分の信条みたいなものだけを頼りに向き合い、税金というみんなのお金で自分を職業人として成立させるわけだから。他者しかも多数の人たちの支持を得られなければいけない。

だから、仕方ないので政治はずっと一部の人たちの手に握られたもので良いのか。

僕が学校で教わった民主主義というのはそういうものではなかった。少なくとも一時のアメリカで、フランスで、デモクラシーというものは存在していた。

今の日本の社会の中にも一部には存在していると思う。そういう人たちが頑張って、新しい社会を築いて行って欲しいと思う。

と、他人事のように行っていないで、自分もできることはやっていこう。

 

Still Life No.2

静物.2

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エピステーメー

最近知った言葉です。ミシェル・フーコー。時代時代によって人々の世界を把握する概念が変わるという話。パラダイムともにてる。

確かにいい言葉でそういう物ってあるような気がする。日本に限って言えば平成から令和への変化の中でないような面が僕の場合は強いけど、あるような面もあるわけで。それは社会主義のなかにも入り込んでる。皇室も含めた護憲という立場で非常にすっきりしたということなど。

職場だって10年経って、雰囲気全然違ってる。

こういうものをちゃんと把握していれば、前線に居続けることは可能なんだろうなと思う。(決して、前線に居続けたいわけではないけど、世界を変えることはできないし。でも、先頭に立つことはできる)

Sunset at Enoshima(Mt.Fuji)

Sunset at Enoshima(Mt.Fuji)

決起集会

区議会議員選挙の決起集会に行き、事務所になるところにも行ってくる。港区民の人でこのブログ見ている人がいたら野口ひろきへの投票、よろしくお願いします。

選挙にこそ綱領と科学的社会主義を使って闘わないと。

Casablanca&Ornithoglum

カサブランカとオーニソガラム

 

Casablanca&Ornithoglum

 

絵の展示

こんにちは。更新できていなくてすみません。

4月21日まで、港区立台場区民センターにて絵を展示してもらっています。良かったら花見がてら、観に行ってみてください。

住所:港区台場1-5-1

開館時間:9-21:30まで

アクセス:新交通ゆりかもめ「お台場海浜公園駅」下車 徒歩2分

東京臨海高速鉄道りんかい線 「東京テレポート駅」下車 徒歩7分

都営バス お台場レインボーバス 「お台場海浜公園駅前」下車 徒歩1分

よろしくお願いします。

Still Life

静物

Still Life

読んだ(途中含む)読んでる本

“世界を食いつくせ! A Cook’s Tour” Anthony Booudain 新潮社

昨年Parisで自殺した、世界的シェフの本。間違って2冊目を買ってしまったが、すごい面白い。この人の見ている日本の良いところってなんかすごく嬉しくなる。まさに麻薬のような街としての東京。

“こころを病む人と生きる教会” 英 隆一郎 井貫 正彦 オリエンス宗教研究所

それっぽすぎてすみませんの本。ネットであまりに安かったので買ったのですが、私が苦心しているようなことが、あまりにも簡単に書かれていて驚いているような感じ。

“回勅 ラウダート・シ 共に暮らす家を大切に”教皇 フランシスコ カトリック中央協議会

前半でいきなりボコボコにダメ出しされる。とにかく人類というのはどうしようもないそれは信者であろうとダメな人はダメであると徹底的に今の地球環境をいかに我々が傷つけているのかという内容。しかも、ものすごい説得力。これが信仰なんだろうな。

“新約聖書”新共同訳

もらいました。何回も読んでるんだけど(部分的に)未だにびっくり。

 

全然アクセスがなくてやる気失っていたんだけど、中国からアクセスがあった!すごい嬉しい。マルクスもたまに読んでいるんだけど、全然わからない。難しすぎて。正月にマルクスーエンゲルスの映画を見た。

映画で観ると当時どういう状況だったのか、彼らの闘いがなんだったのか良くわかる。

これまた正月に観た映画

しかし、2016年に彼女が娼婦じゃなかったことが明らかになるなんて。。。1500年も間違いを認めなかったのか。。。今や、彼女は12使徒と同じ位置づけだそう。今頃、一部の世界では女性の人権って飛躍的に向上しているのだろう。その波は日本にも来ていると思う。Me Tooもその一部何だろう。

彼が来る

今朝、信頼できる情報筋から。ビッグニュースを得ました。

その人は選挙で私に投票するなと言った人。その人は大学時代は化学を専攻し、軍政下のアルゼンチンで戦争に加担したくないたくさんの若者を国外に逃がした人。軍政が終わるとともに役職を解かれ、ドイツに勉強に行った人。その後はテントみたいなところでほそぼそとミサをやっていた人。

役職についた後もアパートを借りてそこから職場に向かってる人。

私にも先入観があったのですが、映画を見て、いっぺんに好きになりました。

http://roma-houou.jp/

誰もが葛藤するような人生を、自分のセンスで生きた人だと思います。だから、映画を見るとわかる!うんざりするくらいわかる!ほとんどわからないことだらけの世の中なのに、なんで分かるのか不思議なくらいわかる!

中国ではなく、韓国ではなく、台湾ではなく、ここ日本にやって来る。前々教皇の来日の際は、帰国後、前々教皇は銃撃にあっている。(我々にはわからないけれど)それくらい日本に来るということは彼らにとって、命懸けの行為なんだと思う。私たちは、全力で彼の安全を守り、心から来日を祝福したい。

今年の11月だそうです。

皆さん、これは逆に言うと(私からすれば)彼に来てもらわなければ事態が解決しないくらい私たちの置かれた状況は深刻だということだと思います。憲法のこと、原発のこと、格差のこと、それこそ過労死、残業のことから、鬱病、依存症、信仰から政治まで。。。

この来日を単なる一過性のお祭りみたいにしないで欲しい。この島の行く末の転換点となる出来事であってほしい。

Catholic Azabu Church

カトリック麻布教会

catholic azabu church

電気ポット購入

Amazonで電気ポット買った。1912円。次の日届く。前に使っていたやつは水の出が悪くて使いづらかったし、これを毎日待つのかと思ったらストレスで。しかし、捨てるのにも400円かかる時代。。。この正月は家電製品の掃除をちょこちょこやってる。トースター、炊飯ジャー、電子レンジ。炊飯ジャーの掃除に関してはドライバーが必要になった。いずれにせよすごく綺麗になった。毎日使うものだからね。ガラスマジックリンも大活躍。

もう少し断捨離したいのは事実なんだけど、なかなか遅々として進まない。持ってきちゃった捨てられてた額縁と絵とか。。。14日に粗大ゴミで捨てます。

某党の党旗開きに行ってくる。選挙への初動が圧倒的に遅れている現実があるように思う。特に、ここ港区は23区の中でも、政治への距離感がすごい。他の区ではもっと手応えがあるのに、この区では全然それがないというような現実が横たわっている。僕自身はもう港区だけで独立しちゃえばと思っているようなところもある。シンガポールみたいに。シンガポールの場合独立ではなく、追放か。

香港の独立派はまだ諦めずに行動している。なんか香港の独立派の主張ってもはや理屈を超えている気がする。“いやいや香港は本土と違うから”と。たしかに顔つき身体つきからして全く違う。今更、そっちに合わせろといっても無理がある。だから、行動してしまうという類のものだ。歴史的に見ると独立ではなく、追放が良いのだろう。“勝手にしやがれ”と。

Jockey Club Innovation Tower(Hong Kong)

ジョッキー クラブ イノベーション タワー(香港)

innovation center

2019年を占うための過去の話

大雑把に自分史を。

1970年に東京で生まれました。本籍地は港区の元麻布になってます。1歳から10歳迄は幼稚園が近所にあったナザレン幼稚園からちょっと学習塾みたいなのも行って、小学校は広尾にある慶応幼稚舎へ。7歳くらいの時に玉堤通りでジョギング中に交通事故に会い入院しています。約1-3ヶ月間くらいだったか。今俗に言われているようなサイケデリックな70年代みたいなものは自分の周りには全くなかった。ケネディが暗殺されたみたいなことも全然関係なく生きてた。やっぱり両親や家に守られていたんだろう。

1980年~1990年は小学校高学年~高校生にかけて。広尾から日吉に学ぶ場が移り、中学生になったときは学力の差にショックを受けたことを覚えています。僕の記憶だとバブルは1984年に爆発した感じ。中学1年か2年位。14歳~15歳。スキー場にスキー合宿に行った時になんか実感した。お年玉の金額もすごかった。勉強はいつの間にかキャッチアップしてたけど、ついていくのが大変でこの頃から悩み始めたのかも。内面と自分の置かれた環境とのギャップに

1990年代は20代。高校生から大学生、大学院生、就職、挫折。再就職、結婚、子供が生まれて、家族の生活まで。今から考えると一体どうなっているんだという密度の10年間。高校2年で理系を選んだのでいつもどこか世間の流れとは違う傍流に軸足を置いてた。

2000年代は30代。いきなり離婚から始まる。そして、さらなる挫折。2003年の3月くらいから11月くらいまでは沖縄で生活していました。しかし、ここからの歩みは20代のジェットコースターに乗るような歩みではないように思う。35で今の会社に来たような気がするから、ここでの仕事は10年以上やっている。

2010年代は40代。今は年間のスケジュールを追っかけながら、年に2回くらい旅行にいくというようなパターンの暮らしで40代は推移している。

この流れの中で今後を考えると。。。あまり、良い未来が思い浮かばない。。。

今までは周囲に守られていただけであって、これからどんどん人間は或いは世界、現実はその本性を僕にむき出しにして迫ってくる中で生きなければならない気がする。見かけや、装飾でなく、生命の本質がその矛盾を剥き出しにして眼の前にたち現れくるとき自分がどうするか。Tennozu

元旦の過ごし方

元旦とは言っても、曜日はあるわけで、毎年違ったものになるんだなと昨日改めて思った。元旦が日曜日の年もあるわけで。なので、その年誰の年になるのか、どういう流れになるのかということも神の配慮の中にあるんだなと。

2013年の元旦はシンガポールにいて、朝はジョギングして、友達に案内してもらって、セントーサ島をうろつき、Fesの残骸を見て回り、もともとはCafe Del Marアジアだった所が店名を変えて営業していた、プール付きのラウンジみたいなところでChillした。最高だった。モノレールには乗らずに歩いて本土の方まで帰ってみた。

2014年は上海を攻めたように思う。元日の朝に磯崎 新の上海ヒマラヤセンターを観に行った。何しろブッ飛んでいて驚いた。Family Martの横のような出店で朝飯を買い、(出張中の日本のサラリーマンみたいな人がいてカッコよかった)スケッチをしたのだが、とにかく寒くて参った。

2015年は香港。確か仲間の家にいたような気がする。あまり、この時のことは記憶は残っているんだけど、どういう順番で、どの日にどういう行動をとっていたか覚えていない。

2017年は北京。うーん。この時も元旦何してたか。夜、イタリア料理食った気がする。これも安くてうまかった。

2018年は東京。初日の出芝浦で見て、実家に行ったような気がする。月曜日だった。

さて、今年はというと大晦日に実家に行って風邪ひいてるといったら、用事もあるみたいだし元旦は来なくていいと言われてしまう。風邪ひいてたので初日の出もパスして欝っぽくなり何とか出かけたんだけど、めんどくさくなって集まりはブッチしてしまった。世界堂に用事があって行ってみたんだけど休み。

寝泊まりしているむつみ荘(労働者用の住宅)は休みの期間風呂がない。ネットで検索してみると銭湯は軒並み休みで、大江戸温泉物語は高いと来てる。いろいろ苦心した結果、大井町に“おふろの王様”があったので電車で行ってくる。ここはちょっと前に選挙で自民党の演説をここの目の前でやっていて、露天風呂に入りながら自民党の演説を聞いた記憶がある。炭酸泉が最高。僕は血流が悪いみたいなので、このお湯に入ると血管が拡がり、血液もサラサラになって体にいいみたい。昨日は走っていないのに体重も66.0Kgだった。

帰ってきて、車で夜は六本木へ。これも良い年明けとなった。

Sumida Hokusai Museum

墨田北斎美術館

The Sumida Hokusai Museum

新年あけましておめでとうございます。

いや、全然誰も見てないようなブログになんか書くの辛い。

宝くじ外れました。当たるつもりだった自分が怖い。敗北。

2018年は年賀状にも書いたんだけど私にとって激動の年でした。フロリダへの旅行がターニングポイントだったように思う。しかし、今年はもう少し、落ち着いて過ごしたい。

昨日も本当は出かけたほうがいいんだろうなと思いつつ、家で過ごした。私のような離婚して独り身の男は遊んで、どんどん人と交わったほうが良いということはわかっているんだけど、自分にとってつまらないから、あまり、出かけなくなってしまっている。いまさら、俺が誘われてもいないDiscoいってどうすんのっておもってしまう自分がいて動けない。まあ恥の感覚でしょう。(皆、年とっても頑張ってるんだけど。。。)

 

風邪がいまいち良くならないことも理由の一つ。風邪に感謝だ。

2019年ある程度予測がつくこともある。選挙、大阪でのG20、私は多分大きな会議2つ。しかし、その内容までは決まっていないし、リスクが膨らんでいる部分もある。僕自身の好みといものはあまり変わらないだろう。先日のBlogにもあげたように。

しかし、絵も同じでうまくいく時と行かない時があるのも不思議だ。失敗することも多い。表現する力はもう少し磨けるだろう。

昨日、実家で年越し蕎麦をご馳走になったんだけど、実家の母が描いたチューリップの絵が素晴らしかった。と自分が思っているということは、また、打ちのめされたということだ。しかし、その母は私の絵に関心を持ってくれているというのはありがたいことだ(多分)。

時々、ジョージア・オキーフと草間 彌生の関係って不思議だなって思うことがある。要は全然違うのだ。絵が。やってることが。しかし、草間 彌生はジョージア・オキーフの家に居候しているところからアメリカでのキャリアが始まった。いま、両者ともすごく盛り上がっている。ジョージア・オキーフは日本ではあまり認知されてないけどアメリカではすごい人気あるみたい今。

Jyonanjima Seaside Park

城南島海浜公園

Jyonanjima Seaside Park