どんどん流行らない人間になっている気もしますが、日誌です。
とにかく東京にいて日中は港湾の仕事、日曜日は朝ミサに、月曜はミーティング、火曜、水曜はZoomでミーティング、木曜は新聞配って、金曜、土曜で何とか一つミーティング。こうして書くと殆ど余裕のない暮らしを送っている。殆ど、意地みたいな。情けない。
しかし、今年は夏に旅行2つ行って、帰ってきて、何となく頭のなかがまとまってきている。復活祭の日に教皇フランシスコが亡くなって、新しい教皇がアメリカ、シカゴから選出された神の意志みたいなものも少し汲み取れる余裕がやっと出てきた。今年の夏は暑かったので、そういったことを考える余裕すらなかった。
しかし、私の考えとはまるで裏腹にかなり強引な感じで物事が進んでいる感じがある。トランプの仲介によって中東の戦争が終わりそうなことなどだ。失われた命の賠償責任などはどうなるのだろう。私のつたない歴史認識では日本の場合は、長崎、広島に原子爆弾が落とされその数日後に日本は無条件降伏し、東京裁判が行われ、戦犯と呼ばれる人たちは法廷で裁かれることになり、今のイグナチオ、上智大学などの四谷一帯はGHQによって占領され、今も米軍基地が日本に駐留し、米国との隷属的な関係は今も続くことになる。
ガザやパレスチナがイスラエルに対してそういう関係性を100年以上の間続けるのだろうかというとどうも今回の件はそういうことではないようだ。
閑話休題
いつも読んでいるんだけどこの人のブログが面白い。
僕も今年、香港に行ってきてまた記事も書いたんだけど、東京と香港の関係って、男と女みたいに思う。北京、ニューヨークになると振れすぎちゃうし、シンガポールだとやはりちょっと。。。香港と東京ってなんというか社会体制が違う統治下にあるのに連帯しているような感じなのだ。香港は中国本土に対してあいつらと一緒にするなと思っているし、東京は良い悪いは別にして日本の中で暴走している所がある。カトリック教会は東京にも香港にも枢機卿を置いている。やはり台湾ではないのだ。
私自身は年齢を経てしまい、東京にいても面白いことなんか何もないと思ってしまっているのが正直なところだ。しかし、子供の頃こういう場所で思考してみたいと夢を抱いたのも事実なのだ。
私は、果たしてパワーゲームから降りながらテクノロジーやアートで権力の先を行くことができるのだろうか。周回遅れのトップランナーが関の山のような気がする。

