急に暑くなってきた東京ですが皆さんいかがお過ごしですか。戦争による暗いニュースもあるのですが。
渋谷にバロウズの映画観てきました。
パンフも買いました。案の定すいていたけど、いつも思うのはバロウズ見に来る人って真面目。
『クィア』も買ったのですが、描写が生々しすぎて読んでられない。
絵は頑張って描いてます。下記の絵はちょうどPaul CezanneのThe Large Trees at the Jas de Bouffanと同じサイズ73×59cmのF20のキャンバスを持っていたので、それに描きました。もはやCezanneの追っかけみたいになっている。セザンヌはキャンバス縦に使っていたけど。
仕事は朝起きて、港湾の仕事に行き、月、火、水は夜ミーティングして、木曜日に赤旗配達して、土曜日絵を描くような暮らし。月に1回づつ歯医者と内科に行っている。
冒頭にも書いたように観念的には辛い日々を送っている。復活祭直後にフランシスコ教皇が亡くなったことも辛い。例年四旬節に絵の展示を行っていたので、私的にはこれまでは種や仕掛けがあったんだけど、復活の主日の翌日に教皇が亡くなったことでもう私の犠牲的精神の文学性は、明らかになってしまった気がする。これ以上ないだろという。打つ手がもうないのだ。秘密もない。
だから、今まで鑑賞者だと思っていた人、自分の方が先を行っていると思っていた人たちに助けてもらうしかないという情けない状態に陥ってしまっていて、そのことは本当は隠蔽しないといけないんだけど、隠蔽する能力がない。努力が足りないだけか。
下の絵には、もう少し、来年の展示までに手を入れてゆこうと思う。

