科学技術とインクルージョン

Still Life(Purple Rose&Lily)

 表題は買ったけど全然読めていないこの本。やはりZoomのことに触れざるを得ないような気がするんだけど、私は、AcerのAspireっていうノートパソコン使っているんだけど、コロナが来て、一気にオンラインが広まった時に、ノートPCに実装されているカメラがZoomとの親和性が良くてびっくりした。また、それまで物凄い高い料金を払ってコミュニケーションをとっていた国際電話が、殆ど、携帯料金と家に繋いでいるWifiの料金でカヴァーして国際的なコミュニケーションを取れるようにした通信会社の英断にも驚いている。

 パンデミック、パンデミックと騒いでいるがその裏側でそれがあたかもセットアップされた事態であるかのように進んだ(進んでいる)Technologyの革新にも実は驚いている。

 表題にあげたスタンフォード・ソーシャルイノベーションレビューにもあるし、教皇フランシスコも言っているんだけど、これからテクノロジーを学んで大儲けしようと思っている若者とかいるらしいし、自分にもそういう面が過去あり、今もそういう面を残しているような気もするが。エンジニア系の学生はテクノロジーによって誰のどのような課題が解決されるのか、そもそもその課題は解決されるべきなのか、誰がそのテクノロジーから最も恩恵を受け、誰が代償支払っているのかといったことに無頓着であることにスタンフォードの大学教授が衝撃を受けたとある。

 教皇フランシスコもその著書ラウダート・シでやはりテクノロジーに触れているんだけど、現代の人は未分化で一元的にテクノロジーを捉えているけど。。。要約すると、現代に生きる私たちはテクノロジーの発達によって知らず知らずのうちに個人が巨大な権力を持ってしまっていることに無自覚すぎるというような内容だ。

 そういう意味では、私も東京の港区に住み、車に乗り、フォークリフトで仕事を行い、WordpressでBlogを書き、アクリル絵の具で作品をつくり、Iphoneでエロ動画観てマスターベーションして、AnkerのSpeakerにBlue ToothでつないでZoomでNYやLA、Hong Kongの人たちとミーティングするような生活を送っている。(すごいな。。。)部屋の蛍光灯はこの間LEDに変えた。

 しかし、しかしである。私も上に述べたような部分に対する意識が弱い気がする。

 この間、台場区民センターに行ったら、Kids Danceみたいなのをやっていて、そこに子供を連れてきていたお父さんが後ろでNotePC開いて、何やら仕事みたいなことしてた。在宅なのかもしれないけどああこういうのが新しい時代だよなと思った。

 上記の本にはそういった事例が沢山出ている。要はテクノロジーを民主的に活用して社会的な課題を解決するということだ。オピオイドの乱用、マラリア、環境汚染、協生農法。そのうちカルトや人種差別、ジェンダー、オーヴァーツーリズム、相続にまつわる家族間トラブル、離婚と親権といった問題も民主的なテクノロジーの利用で解決されるかもしれない。私に関して言えば。いや、自分に関しては現状何も言えない。何も解決されていないし、解決されてもここには書かない、書けない気がする。それこそ人権があるので。

 Zoomに関しては、私はZoomの波に完全にのっかった口だと思う。そういう意味では私にとってはSNSは不向きだった。Twitterもいまはやっていないし、Facebookもちょっとのっかった時期はあったけど、実は最初からあまり好きではなかった。Googleが出てきたときはすごいなと思ったんだけど、今はもう幻滅してる。Search EngineはDuckDuckGoを好んで使用している。Wordpressは評判良いんだけど、今一つうまく使えていない気がする。メルカリは大変助かった。

 人間は理性で何をしたいんだろうと思うと同時に、私の場合は合理性からどうやって離れるのかも課題だろう。そのことに気づくのに20年かかってしまったが。ほとんどのことは合理的に判断する必要があるが、人と時により非合理的に対応する必要がある。

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