5 Days off for Covid-19

 金曜日あまりに体調が悪く、早退させてもらい、土曜日近くの診療所が開いていて、電話したら診てもらえるとのこと。行って検査してもらったら、コロナだった。5日間は自宅療養。

 正月以来何となく大きな変化に直面していて、混乱しまくっていたのだが、何か、罹患したことで逆に焦って、先走っていたのは自分で、もっとペースを落とさないといけないんだなと今は思っている。

 まだ、読んでいる途中なのだがウィリアム・ジェイムスの宗教的経験の諸相(岩波文庫)の読書体験が自分にはかなり刺激的すぎる。自分にとっては本当かよと思うのだが、あながち外れてもいないような面があり怖い。引用します。

 心と意志とが神の心と意志と一つになるということは、宗教の未来における希望や目的ではなくて、魂の中で宗教がまさに始まり誕生したということである。宗教的生命に入ることは、闘争を終止することである。宗教的生命の発端をなすこの行為ーこれは信仰と呼んでもよいし、信頼、自己放棄、そのほかどんな名で呼んでもよいーこの行為のなかには、有限者と永遠に現実である生命との同一化が含まれている。P.291

 世のなかには、自分の借金が残らず支払われてしまい、かわした契約が果たされてしまい、出した手紙にみな返事が来、いろいろ困っている問題がみな解決されてしまい、自分の義務という義務が、なんの妨げもなくすぐ実行できるのにほったらかしにしていた義務までが、果たされてしまったりすると、卒倒しかねないような人間がいるものである。P.302

 それはちょうどある人間を見るのに、愛しないで見るか、それともその同じ人を愛をもって見るか、の違いのようなものである。愛をもって見る場合には、交わりは新しい活気を帯びてくる。同じように人間の感情が世界の創造者である神と接触する場合には、恐怖と我欲は消え去る。P321-322

 私たちは預言が職業であったことを、そして預言者たちは一つの職業階級を形成していたことを、忘れてはならない。預言者たちの学校があって、そこで預言の才能が正規に養成されていたのである。P331

 まあ自分にはできていないことだらけなんだけど、4番目の引用とかは今の日本社会でいうところのネット社会の占い師の人たちにあたるようなものか。

自分の本当の気持ちをさらけ出したいのだが、もう、この地球上にそういう場所は見つからないという苦しい状況にいる。そのことを端的に表現すると、コロナに罹患したというような状況になるのだろう。かなりの人が感染しているのだとすれば、私が抱えているような複雑さは現代においてある種の普遍性を獲得していることになるのだが。。。

Giant Tree of Castanopsis,Institute for Nature Study
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