Post Modernの終焉宣言

 明日から台場区民センター2階図書室脇にて、アクリル画12点展示予定です。

 さて、表題の件ですが、僕が学生時代から憧れていた建築家・思想家のI氏がLuois Vuittonの仕事をすると聞いて、私の反骨精神に火が付き(今なら巨匠に勝てる、モノにできる)と思い、下の絵を描きに御殿山ヒルズに行って来ました。

 私は物心ついた時から、ポストモダンで、父は近代主義者のような人だったのですが、いま、コロナ禍のこういう社会になってみてわかってくるのは、ポストモダンの問題点は資本主義に肯定的だったところのように思います。巨大になった資本の動きに対して、追従的であっては、近代主義を乗り越えることができないように思います。I氏は日本の自律性を守るために近代主義に反を唱える形で活動したという点や協業する人たちや歴史的な人物像をを等価に見つめる視線は明らかに世界的な巨匠だし、国家批判ができるという点でも(つくばセンタービル)たぐいまれなる人なんだけど、資本主義そのものに対して、自分が取る態度が無自覚だったように思います。

 だから、結果的にはポストモダンムーブメントは資本主義に飲み込まれてしまい、その作家性を失ってしまったように思います。

 では、今、作家性とは社会に対してどういう態度をとるべきなのかということを、まあ、自分なりに展示したり、表現したりできたらよいなと思ってやっているのですが。

 人に勧められて(元日本共産党 港区議の大滝実さん)今、読んでいるのは

人新世の資本論ー斎藤 幸平

 一説にはピケティを超えたといわれているのですが、この本で述べられているのは、まだ読んでいる途中ですけど気候変動による人類の、地球の環境問題を解決するためには資本主義を乗り越え(解体し)ないといけないということです。今までの僕の理解だと、高度に発達した資本主義社会の上で、国民的多数の合意のもとに社会主義的な新しい社会が形成されるという認識でしたが、この本だとコロナ禍も含む人類による気候変動や環境への人為的な介入による被害を食い止めるためには、資本主義を乗り越えるのではなく、資本主義の息の根を止めないといけないという表現になっている。

 暴走し、巨大化する資本を解体し、人々の手に還元したうえで、各人が合意の許に新しい社会を生きてゆきましょうということだろう。

 コロナ後の社会の在り方については教皇フランシスコも著書を発表し、1970年代に始まった新自由主義への批判を行っています。

 私からするともしかしたら、巨匠がメゾンを解体するかもしれないという気もしないのではないのだが、それはないだろう。

 私自身も港湾労働者なので、メゾンを破壊することは難しい。しかし、巨匠が御殿山(殿様の屋敷から外資系のホテル、米軍御用達)に建てた茶室を描いて、人々に無償(Non-Profit)で展示することは、私なりに暴走し、巨大化する資本を解体し、人々に還元する行為だ。この絵を見た人が、立ち止まり、そして、自分たちの行動で環境がどう変化してしまったのかを感じ取り、新しい社会を生きてくれることを望んでやまないです。

 ここでひとつ言っておきたいのはBrooks Brothersが廃業したことで、アメリカのメゾンはお終いなのではという点ですが、私の認識では、新しい社会像の一つやヒントは、アメリカの人々から出てきていると思います。そのことはここでは文章で表現できませんが、展示する絵の中には入っています。アメリカがすごいのは多様性を内包しながら動いているので、必ず自分たちの問題も含まれていることです。

Yujiann,Shinagawa

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