最近読んだブログ(昔から知っていてブックマークはしていたんだけど)で自分にとっては衝撃の真実を知る。
この著者の人すごすぎる。ここであまり詳しいことは書けないんだけど、私はこの人の努力、洞察に到底及ばない。しかし、自分についての真実を他人に告げられてしまうのは、この著者の方には失礼だが、いつもあまり心地よいものではない面がある。しかし、ここで述べられていることは、私が日常的にぶつかっていて、苦しくて、いつも不要だと思っていた無駄な壁を一気に取り壊すような真実に溢れていた。このブログのビッグブックのスタディの17、18、19あたりに書かれていることはあまりにも隠されていた真実を暴くようなもので、もんどりうってしまうような文章である。
さて、表題の件ですが、いま、アメリカで戦っている人たちというのは簡単に図式化すると、Progressive 対 Conservativeで私が心情的に信頼していて、攻撃されるような自分になってしまったら嫌だなと思っていたのはPragressiveの人たちで私が嫌いなのも保守派の人たちだった。
ところが自分を省みてみると、3歳の洗礼を受けて、紆余屈折あったものの今はというかここ何年かは主日のミサは欠かさないという(下のフロリダに旅行に行った時は、飛行機の時間の関係で諦めたが)バリバリのイエスキリスト信奉者になってしまった。(もちろん、中に入ればいろいろあるし、彼の非常に激しい面も知っている。神殿で机叩き壊して、鶏の籠ぶち壊したり。)
なので、対全体主義的社会に対してはプログレッシブなんだけど、共同体の内部においては私は完全に保守なのだ。でも、保守の人ってあまり面白くないんだこれが。みんなが嫌がる伝統や歴史の話するし、気をつけていないと人に原理を押し付けてしまうし、自分は大胆な行動が取れないし。散財はできないし、なによりアメリカンドリーム的なたまたま人が自分のために買っておいてくれた株が大当たりするというようなことがない。しかし、見渡してみると自分の周りにProgressiveな人しかいなくて、実はその人たちを恐れている。自分が何をしようとしているのか分かっていないままに、ただ闇雲に猪突猛進しているような気がするのだ。
では、私が守ろうとしているものは何か?というと自分なりに理解した神(ハイヤーパワー、私の場合はイエス・キリスト)への自分の信仰でしょう。

Orlando,Florida(Day)2
