縁あっていつの間にか、多様性について考えざるを得ない状況になっている。
僕個人は、割と民主主義みたいなものにうるさい家庭に育った関係もあって、多様性みたいなものは、割と身近にあった。
問題はその距離感だと思う。
要は、大人になって、少しはまとめたり、束ねたりしないと、あいつは何もやってないと言われてしまうようなところにいて困っていることと、もう一つは自分のキャパシティの無さだと思う。
私からすると、シンガポールとか多様な感じだった。ハワイも。今の東京もオリンピックを前にしてそういう雰囲気は表面的にはあるように思う。
僕はというと、男一人で暮らしてて、男臭い職場にいて、交遊関係もあまり広くない。なので、あまり多様ではない。
異質なものを排除しないで居られるかの勝負なのだと思う。DJの人とかが偉いなと思うのはそういうようなところだ。
そういう意味で建築家も憧れていた職業だったんだけど、この間、表参道に行ったら、私の理想的な建築だった、TODD’Sの青山ビルがおかしなことになっていた。
建築で、多様性を包含する民主主義を表現することの先端が、資本主義によってぶっ潰されているような感じだ。非常にまずいことになっているような気がする。
今から転職できるかと問われると厳しいものがあるけど、何かが非常にまずいことになっている。じゃあ、諦めて資本の側に行くのか、それはできないとすると私の今持っているもので、抵抗を表現することしかできない。
Tod’s のビルがすごいのは、従来の建築という概念を破壊する構築物であるところだと思う。あの欅のようなコンクリートのデザインは、実は、柱、梁として機能している。
問題は、なんで従来の建築の概念を壊すのかということだけど、それは表現が、自由というものをどう捉えるかということをちゃんと議論しているのかということだと思う。それをちゃんと議論することで、多様性を包含する器になり、いろんな人が集まってくるんだと思う。
今日はここまで。
Sunset at Daiba Seaside Park

